女性における薄毛と脱毛症には幾つかの種類があります。例えば、炎症性腸疾患やアトピー性皮膚炎との関連が示唆される「円形脱毛症」、妊娠や出産のほかダイエットが引き金となって起こる「休止期脱毛症」、永久脱毛のリスクがある「瘢痕(はんこん)性脱毛症」など。より早くこれらの症状や特徴に気付き、適切な対処へつなげることが重要です。ここでは、ヘアサイクルの基本的な知識から性ホルモンの毛髪への影響、女性における薄毛と脱毛症の種類や原因、治療方法について紹介します。
女性の薄毛「FPHL」と男性の薄毛「AGA」の違い
女性の薄毛はFPHL(female pattern hair loss)と呼ばれ、男性の薄毛でよく知られるAGA(androgenetic alopecia)とは区別して捉えることが必要です。一般に日本人女性のFPHLでは40歳頃から、頭部中央の毛髪密度がびまん性※に低下していきます。ただ、AGAで特徴的なうぶ毛様の髪や、一部だけが極端に薄くなるようなことはほとんどありません。また、毛髪密度はそのままで毛の細りが主な原因といわれるAGAに対し、FPHLではその両方が起こるのというのも特徴のひとつです。
※びまん性:比較的、均等に拡がっていく様。
ヘアサイクルの基本、正常な抜け毛は 1日50~100本
薄毛を把握し改善方法を検討するには、毛髪が生えて抜け落ちるしくみと要する期間(毛周期またはヘアサイクルと呼ぶ)について知っておくことも大切です。一般的にヒトの毛髪は1日で0.4mmから0.5mmほど、1ヶ月では1㎝くらい伸びます。また、1つの毛穴から複数の毛が生えているように見えるのは、毛包(もうほう)あるいは毛嚢(もうのう)という毛を作り出す部分が2~3個集まった状態で存在しているから。各毛包はそれぞれのヘアサイクルで成長と休止を繰り返すため、ヒトでは動物で見られるような換毛期(かんもうき)※はありません。
※換毛期:犬やマウスなど、毛包が一斉に休止期となって毛が生え変わること。
そして、ヒトのヘアサイクルには「成長期」と「退行期」、「休止期」の3つのサイクルがあり、毛髪を占める割合で最も多いのは85%~95%の成長期毛、いちばん少ないのは退行期毛で約1%、残りの約10%が休止期毛です。これらのサイクルは通常では一定の期間を保ちながら移行し、「成長期」では2~6年、「退行期」では2~3週、抜け毛の起こる「休止期」では3~4ヶ月と言われています。したがって、ヒトの毛髪ではおよそ10万本のうち10%(約1万本)が3ヵ月ほどで抜け落ち、1日あたり50~100本位が生理的に抜けていると考えるのが普通です。
ひも解かれつつある、性ホルモンの毛髪への影響
これまでの研究で、毛髪が生え変わるおおよその流れや微小な毛包の中に組み込まれている構造のほか、立毛筋が付着する部分に存在する毛包幹細胞の役割など、毛は細胞レベルで見るとかなり複雑な組織であるということが分かっています。しかし、「休止期」から「成長期」へ移行するときに毛母細胞が周囲から受ける影響や細胞分化を制御しているものなど、詳しい関連因子の働きについてはまだ謎が残されたままです。
とくにFPHLでは薄毛の部分で休止期毛の割合が増えるために脱毛量が増加し、一部の毛包は小さくなることが知られているものの、AGAのように性ホルモンの関与がはっきりと示されている訳ではありません。AGAは、ジヒドロテストステロン(活性型の男性ホルモン)の影響によって「成長期」が短縮することで毛包のサイズが小さくなり(これをミニチュア化と呼ぶ)、太い毛幹をつくれないために極端な細い毛を呈するのが特徴です。
ここで、男性ホルモンは女性でもある程度は作られていて骨や筋肉の発達に関わり、毛に対してはひげや胸毛などを濃くし、逆に前頭部と頭頂部では毛を軟らかくするように働きます。研究では、AGAの脱毛部位で毛乳頭が男性ホルモンに反応することによって産生されたTGF-β1※が、毛母細胞の増殖を抑制するというような報告も。一方、女性ホルモンのエストラジオールは、毛髪の成長を促進させる遺伝子「VEGF-A」の発現量に影響を与えるということが分かっています。
こうした性ホルモンの詳しい影響についてはさらなる研究解明が待ち望まれるものの、女性においてホルモンバランスの乱れが毛髪の脱毛や体毛の増加を招くリスクがあるのは確かです。現に、女性ホルモンと関連する卵巣や副腎の病気、ホルモン依存性のがんやその治療薬などで相対的に男性ホルモンが優位となった状態では、女性でもAGAのような症状を呈することが分かっています。
※TGF-β1(trans-forming growth factor-β1):細胞の成長や増殖から分化、アポトーシスの制御まで多岐に関わるサイトカインの一種。
炎症性腸疾患やアトピー性皮膚炎で注意!「円形脱毛症」
円形脱毛症は頭部に1つないし複数の境界線がはっきりとした脱毛斑(だつもうはん)を生じる脱毛症で、人によっては頭部に限らず眉毛やまつ毛、ひげ、体毛など全身で起こることもあります。その病態は様々で、急性期では毛球部の周囲で起こる自己免疫反応が毛包を破壊した結果として脱毛する、リンパ球が主体の炎症。慢性期では、ヘアサイクルの変調によって毛包が成長期毛から休止期毛へと形を変え、再発毛障害に至った結果として起こる脱毛です。
そのため、治療するには炎症の有無やヘアサイクルの変調について個別に考慮しながら進める必要があります。また、自己免疫反応によって起こる炎症性腸疾患やアトピー性皮膚炎、甲状腺機能の異常症、気管支喘息などを合併する人が多いのも特徴です。
妊娠や出産、ダイエットなどで起こる「休止期脱毛症」
休止期脱毛症は、休止期毛の明らかな増加によって引き起こされるびまん性の脱毛症で、毛包を含む毛の根本は正常に保たれているのが特徴です。全体に占める休止期毛の割合が多いため、抜け毛がいつもより格段に増えたとき症状に気付きます。原因としては妊娠や出産、発熱や消耗性の病気、ダイエットなどによる急激な減量、精神的ストレス、外科手術や薬の副作用によるものなど。
注意したいのは、成長期毛が退行期を経て休止期に移行するまで2~3ヵ月はかかるということです。たくさんの抜け毛を生じたときには、数か月間ほど遡って思い当たる原因の有無について振り返ってみましょう。
永久脱毛のリスク!「瘢痕(はんこん)性脱毛症」
瘢痕(はんこん)性脱毛症は、毛包の破壊が毛包幹細胞の障害まで及ぶ脱毛症です。ほかの脱毛症の多くは非瘢痕性で毛包幹細胞が保たれているため、炎症やヘアサイクルの異常など原因の改善に伴い発毛を期待できるのに対し、瘢痕性脱毛症の場合は再び毛を生やすことが出来ません。
主な原因は免疫反応や病原体の感染、がんの皮膚転移、薬の副作用、放射線や外傷などのダメージによる毛包幹細胞の破壊です。永久的な脱毛となってしまう前に早い段階で医療機関を受診し、毛包の状態を確認してもらうようにしましょう。
ヘアスタイルが原因の「牽引性(けんいんせい)脱毛症」
「牽引性(けんいんせい)脱毛症」は、毛髪が強く引っ張られるようなヘアスタイルを続けることで起こる脱毛症です。とくに前髪を後頭部側へ引っ張るようなスタイルは、生え際の髪が抜けやすくなります。あと、ヘアゴムできつく結うほか、エクステンションやヘアアイロンをつかった日常的な毛に対する力が原因となることも。
初期の段階なら、ヘアスタイルの変更や習慣の改善で元に戻ります。しかし、長く続くと毛包に障害を与えて力を受け続けた部分が永久的に生えてこなくなる可能性もあるため、早めに対処するようにしましょう。
カビが原因で脱毛する、「頭部白癬(はくせん)」
「頭部白癬(はくせん)」は別名「しらくも」とも呼ばれ、毛髪に真菌の一種である皮膚糸状菌が寄生した状態で、円形脱毛症と似たような脱毛斑が見られます。軽度なら自覚症状はわずかな痒みがある程度で、気付かずに周囲の人へ移してしまう危険性も。また、動物から人へも感染するため、とくにペットを飼っている人では注意が必要です。
女性の薄毛・脱毛症における治療方法
女性の薄毛や脱毛症に対しては、男性で用いられているような内服薬(有効成分:フィナステリド)は妊娠時に赤ちゃんの発育に影響を及ぼす恐れがあるため使えません。尚、閉経後の女性で男性型脱毛症(女性で男性ホルモンの影響によって毛包がミニチュア化しているもの)を患う人がこれを12ヶ月間飲んでも、有効性は認められませんでした。
医療機関では「男性型および女性型脱毛症診療ガイドライン2017年版」という指標を用いて医師の診察のもと、治療方法を個別に選択します。このガイドラインは2010年に初めて発行された後、新しい治療方法の登場や女性の男性型脱毛症に対する考え方が変化したために改訂となった第2版です。また、近年ではヒトの毛包幹細胞を生きたまま採取して培養することが可能になるなど、iPS細胞(人工多能性幹細胞)の活用を含む再生医療の研究も進歩が目覚ましく、今後さらなる改訂も予測されます。
現状のガイドラインでは、女性で最も推奨される治療方法はミノキシジルの塗り薬です。これは毛乳頭細胞における細胞成長因子を誘導するほか、ミトコンドリアを介した毛包細胞のアポトーシス※の抑制、毛組織における血流改善などの作用で短くなった成長期を改善すると考えられています。
そのほか、自由診療として育毛治療を提供する医療機関では、メソセラピー(高濃度注入治療)や幹細胞培養上清導入、頭皮アートメイクなど色々な手段を選択できる所も。現在、ミノキシジルを含めて男女ともに薄毛の治療は保険適用外のため、医療機関によって治療内容やその費用は様々です。そして何より、人によって薄毛を引き起こしている原因や確認すべき背景も異なります。たくさんの広告や魅力的な情報に惑わされないよう、治療の選択肢や費用などについて医師から説明を受け、納得してから実施するようにしましょう。
※毛包細胞のアポトーシス:アポトーシスはプログラムされた細胞死。ヘアサイクルの成長期から退行期へ移行時には、毛母細胞などの太く長い毛を作るための細胞が停止して細胞形態が壊れる。
まとめ
女性では男性と違って一部が極端に薄毛となることは珍しく、さらに時間差で現れる「休止期脱毛症」を見逃さないためにも日常的な把握が欠かせません。また、毛髪の正常な新陳代謝を維持するために、ビタミンやミネラルといったバランスの良い食生活を送ることも大切です。
もし、異常な抜け毛や毛髪の変化に気付いたときには、永久脱毛となってしまう前に早い段階で専門の医療機関を受診するようにしましょう。まずは、少し前の自分の写真と今を見比べ、毛髪の状態を確認するところから始めてみてはいかがでしょうか?