キレーション療法とは、キレート剤と呼ばれる薬を用いて体内の有害な金属をこれと結合させ、尿とともに体外へ排出する方法です。医療の範囲では、鉄過剰症や重度鉛中毒の治療のために以前から使用されてきました。これらの目的以外にも、近年では動脈硬化の予防や細胞の老化防止など様々な分野でその有用性が期待され、注目を集めています。ただし、半世紀以上にわたる経験の積まれた治療方法であっても、その安全性や、病気に対して利用する際の注意点を理解することは欠かせません。ここでは、キレーション療法の原理から費用と受診の仕方、副作用について紹介します。
キレーション療法とは?注目を集める理由
キレーション療法とは、ヒトに対し有害な金属を体外へ排出しやすくすることで得られる、主に抗酸化作用を目的とした治療方法です。わが国では、鉄の過剰症や重度の鉛中毒における治療方法として、通常医療のなかで広く用いられてきました。近年、これが抗加齢医学の領域で注目を集めている理由は、抗酸化作用によって様々な細胞の老化防止や動脈硬化の治療、アルツハイマー病など神経変性疾患に対する予防と改善につながることが期待されているからです。
そのほか、体内で蓄積した重金属※や活性酸素の除去、いわゆるアンチエイジング、炎症性疾患、加齢黄斑変性症、メニエール病など幅広い分野において有用性が期待されています。そしてその有用性の原理となるのが、キレート(chelate)と呼ばれる金属イオンの結合状態です。
※重金属の蓄積に関する情報については、既存記事「重金属の蓄積が脳神経の変性やアレルギーの発症を招く?腸内環境との関連性」で詳しく解説しています。
キレーション療法の原理
まず、金属イオンにおけるキレートは、ギリシャ語でカニのはさみを意味するchelaが由来です。通常、ほとんどの金属原子はその周りに反応しやすい電子がいくつか存在し、この電子の結合状態によってその金属イオンの働き方が大きく変化します。
例えば、一部の抗菌剤(または抗生物質)の飲み薬では、カルシウム(Ca)やマグネシウム(Mg)といった金属イオンを含む食品(ヨーグルトやプロテインなど)と近いタイミングで服薬すると、薬の効果は十分に発揮されません。なぜなら、金属イオンが抗菌剤と結合してキレートを形成することで、その薬の吸収率が低くなるからです。一方、血液中では赤血球の中に含まれるヘム鉄※のように、鉄がキレートを形成することで酸素を運搬できるようになり、これが生命活動に不可欠な役割を担うという風な変化をもたらす結合も。
キレーション療法はこれら作用のうち、前者に近い作用を応用した方法と言えるでしょう。その原理は、標的の金属イオンと結合しやすい合成アミノ酸を主体とする薬(EDTA;エチレンジアミン四酢酸、ethylene diamine tetra-acetic acid)を用いてキレートを形成させ、金属イオンのもつ有害な化学的性質を抑えるというものです。これによって金属が組織や臓器に溜まるのを防ぎ、体外へ排出するのを助けます。
※ヘム鉄:タンパク質と結合した鉄を指し、無機質である非ヘム鉄よりもヘム鉄の方がヒトにおける吸収率は高い。
キレーション療法の安全性と注意点
ここで、EDTAにはいくつかの種類があり、例えば「EDTA二ナトリウム塩(イーディーティーエー・ジ・ナトリウムえん、Ethylenediaminetetraacetic acid disodium salt)」は食品中で負の作用をもつ金属イオンの活性を抑えるために、食品添加物として缶詰類やドレッシング類などに広く使用されています。また、化粧品においては、含まれる油脂成分の酸化を防ぐ目的で配合されることも。そして、キレーション療法ではこれをビタミンやミネラルと共に点滴する方法が一般的です。つまり、最新あるいは特殊な薬を使って行うような治療ではありません。
その安全性を担保するポイントは、専門的な知識を有する医師が在籍する医療機関で、その人の目的や体質に合った治療方法を選択すること。ここで、重金属蓄積の除去を目的とする以外での有用性に関する検証としては、2012年におこなわれた冠動脈疾患(心臓を取り巻く太い血管で起こる病気)に対するキレーション療法の大規模な研究報告(TACT;Trial to Assess Chelation Therapy、キレート療法の大規模ランダム化プラセボ対照試験)が代表的です。そこでは糖尿病をもつ人においては有意差が示されたものの、この研究結果を総合的に見て理解するには、さらなる研究が必要だという結論に至っています。
したがって、冠動脈疾患などのような病因が明らかな場合には、現状でまだ期待の範疇にあるキレーション療法に固執することなく、主治医と共に治療方針を都度検討していくことが大切です。言い換えると、キレーション療法は多くの可能性を秘めてはいるものの、重金属蓄積の除去以外を目的としたデータの解析にはさらなる研究が求められています。
ひとつ確かなことは、このキレーション療法が半世紀以上に渡って臨床で用いられているという事実です。特に検査をしても不調を起こしている要因が分からず、体内の重金属をリセットして体調を観察してみたいと考える人では、試してみるのもよいでしょう。
キレーション療法の費用と受診の仕方、副作用は?
キレーション療法を鉄過剰症や重度の鉛中毒、心臓系の病気を補完的に治療する方法として用いる場合には、前述のEDTA二ナトリウム溶液を静脈から何度も点滴で実施します。
点滴を受ける回数や頻度は、動脈硬化の予防や有害金属の排出、抗酸化作用を意図する場合など目的によって様々です。一般的には1回に1時間ほどかかる点滴を、週に1~2回、10回で1クールを施行します。1クール後に、重金属が残っていないか検査します。 もし、まだ残っていた場合は、再度キレーションを行い、重金属が正常な範囲に回復するまでこのサイクルを続けます。
点滴にかかる費用は1回に10,000円から20,000円ほどで、その目的によっては血液検査や尿検査などの検査費用がかかります。
ただし、EDTAは主に腎臓から有害物質とともに排出されるため、腎機能について医師から異常を指摘されている人は受けられません。受診の際には、直近の血液検査結果や健康診断の結果などを持参するのもひとつの方法です。加えて、飲んでいる薬がある人は、お薬手帳を持参するようにしましょう。
副作用としては、次に挙げるような症状が起こりやすいと考えられています。
【キレーション療法で起こり得る副作用】
・低カルシウム血症
・腎機能障害
・点滴を刺す部位の灼熱感や炎症
・疲労感
・発熱
・吐き気、嘔吐
まとめ
わが国でのキレーション療法は、既存の治療方法で方向性がある程度決められているような病気に対しては、引き続き研究を要するといった見解が多いようです。一方で、動脈硬化や細胞の老化といったエイジングケアの領域と、日常生活の中で必然的に蓄積しうる軽度な重金属蓄積の除去に関しては、自由診療のなかで積極的に提供する医療機関も増えつつあります。加えて、活性酸素(フリーラジカル)の減少や疲労の軽減などを期待し、日常的な身体のメンテナンスとしてこれを活用するといったケースも。
近年、アルツハイマー病などの神経変性疾患に重金属蓄積が関与しているという報告※もあるため、このキレーション療法は今後、幅広い領域でそのニーズが高まっていくことでしょう。
※アルツハイマー病(AD)と重金属の関連については、既存記事『重金属の蓄積が脳神経の変性やアレルギーの発症を招く?腸内環境との関連性』で詳しく解説しています。