胃の粘膜に棲みついて知らないうちに慢性的な炎症を招くピロリ菌は、今の日本では幼少期に口から感染した人がほとんどです。「胃がん」の原因としても知られるため、近年では中学生に対してその検査を行う自治体も増えてきました。ここではピロリ菌の特徴から感染経路、症状や病気との関連、6種類ある検査方法のメリットとデメリット、治療(除菌)を行う上での注意点について紹介します。検査を受けるべきか迷っている人にもお役立てください。
名前からも分かる、ピロリ菌の特徴
現代ではなんと、世界中で2人に1人が感染しているというピロリ菌(ヘリコバクター・ピロリ、Helicobacter pylori)。この菌は、西オーストラリア大学のMarshall博士らによって1983年に発見されました。これがヒトに感染すると、菌の端にもつ数本のべん毛と呼ばれるひげのようなものをクルクルと回転させて胃粘膜を自由に動き回ります。こうした構造や特徴が由来となり、旋回を意味する「helico」と細菌を意味するバクテリア「bacteria」、そしてピロリ菌が見つかった胃の幽門(ゆうもん)部をしめす「pylorus」から名付けられました。
また、胃の中はpH(ペーハー)1の強い酸性で、通常の細菌は生きていられません。一方のピロリ菌はウレアーゼという酵素で自分の周りだけを中和してアルカリ性に変えながら生き延びることができ、自然にいなくなることはまれです。
ピロリ菌はどこから感染する?
ピロリ菌は酸素や乾燥に弱いため大気中では生きられない反面、水の中ではらせん状から球状へと形を変えて生き延びることが可能です。また、ヒトの唾液や嘔吐されたもの、便の中にも存在し、さらには塩素に対する抵抗性を持つことも分かっています。したがって、感染源の一つはピロリ菌が存在している水を口にすることです。
ただし、現代では先進国の中でもトップクラスを誇る日本の上下水道における普及率を考えると、水を飲むことでの感染率は低いでしょう。その証拠に、1950年頃からの上水道と1970年頃からの下水道が普及した2つの異なる時期で、その後に続く感染数がどちらも低下しています。
そうなると今の日本における主なピロリ菌の感染は、ヒトの唾液を通じた行為による感染経路という説が有力です。ただし、成人どうしのキスなどによって感染したとしても免疫が強く反応し、菌は一時的な炎症とともに自然と処理されることがほとんどで問題となりません。 対して問題となるのは、まだ胃酸の分泌や胃粘膜の免疫機能が十分に発達しきっていない幼少期の子どもです。一般的に子どもの免疫機能の発達は、7~8歳くらいでおおよそ成人のレベルに達すると言われています。つまり、乳幼児へかみ砕いて食べ物をあげたり、子どもにいわゆる“口移し”で食べ物を分けたり、同じスプーンや箸を使う行為は感染源となっている可能性が高いのです。
ピロリ菌の感染で起こる症状や病気との関連
幼少期におけるピロリ菌の感染は、ほぼ100%の人で好中球やリンパ球が胃の粘膜に浸み込むように広がり、慢性的な胃の炎症(以降、慢性胃炎)が生涯にわたって続きます。ただ、多くの場合で自覚症状はありません。一方、大人になってから感染した場合は急性的な胃粘膜の炎症を来たすものの、そのほとんどが一過性です。
しかし、長引く胃粘膜の萎縮※や炎症は多くの病気を引き起こすことが分かっています。例えば、胃を守る粘液が減ることで胃酸からの影響を受けやすくなり、胃潰瘍や十二指腸潰瘍などを招きます。そして、最もこわいのが「胃がん」です。その発症リスクは約5倍にも上り、萎縮が進行するほどリスクも高くなることが研究で示されています。
そのほかに食欲低下や胃もたれ、なんとなくスッキリしないといった様々な不具合は慢性胃炎が原因となって起こっている人も少なくありません。
※萎縮:組織や細胞などが縮んでしまい、機能を果たしにくくなっている状態のこと。
6種類の検査におけるメリット&デメリット
わが国における「胃がん」は、罹患数と死亡数のどちらも男女合わせて第3位※という多さです。このような背景もあって、日本では約80の自治体が中学生を対象とするピロリ菌検査を行っています(2019年時点)。
これとは別に、医療機関へ行って検査するには大きく6つの方法があります。その人の飲んでいる薬や合併症、胃炎の状態などによって適する検査方法は異なるため、医師に相談して選ぶようにしましょう。
まず、検査のうち内視鏡(胃カメラ)を使う方法には、迅速ウレアーゼ試験、鏡検法、培養法の3種類があります。内視鏡を使う最大のメリットは胃炎の確定診断と同時に、胃がんの早期発見や潰瘍など病状の細かい確認もできるという点です。デメリットとして菌の数が少ないと、偽陰性といって本来は陽性なのに陰性を示すこともありますが、直に状態を確認することのできる内視鏡は、他に勝る手段といっても過言ではありません。
続いて内視鏡を使わない検査方法には、尿素呼気試験(UBT)、抗体測定法、便中抗原測定法の3種類があり、メリットは何といっても検査にかかる身体の負担が少ないということです。対してデメリットは、尿素呼気試験では飲んでいる薬の影響を受けやすいこと、抗体検査では検査時点の感染を確定できないこと、便中抗原測定法では採取してから適切な温度管理が必要なことなどが挙げられます。
【ピロリ菌を調べる6つの検査方法】
1.内視鏡を使う検査 | |
迅速ウレアーゼ試験 | ピロリ菌のウレアーゼで産生されるアンモニアをpH変化によって試験紙で検出する。 |
鏡検法 | 生検(採取した細胞)を顕微鏡で観察することによって直接、ピロリ菌の存在を確認する。 |
培養法 | 検査の中で唯一、直接的にピロリ菌を証明できるが培養に5~7日間を要する。 |
2.内視鏡を使わない検査 | |
尿素呼気試験(UBT) | ピロリ菌のウレアーゼによる反応で生じる二酸化炭素13CO2※について、可視化するための検査薬を飲んだあと呼気中にその二酸化炭素13CO2が増えて排泄されることを検出する。 |
抗体測定法 | ピロリ菌感染で引き起こされる免疫反応によって産生された抗体を、採血、採尿、唾液などから測定する。 |
便中抗原測定法 | 便採取によってピロリ菌由来の抗原を検出する。 |
上記のほか、内視鏡を使わずに行う方法では血清ペプシノゲン(PG)測定、胃X線(レントゲン)検査などもあります。ただし、これらはあくまでも胃粘膜の萎縮や炎症の状態を診るための補助的な検査で、確定診断には内視鏡をはじめとする別の検査が必要です。
また、一部の健康診断などで採血によって行われるABC検診(胃がんリスク検診)は、ピロリ菌の抗体価と血清ペプシノゲン値を組み合わせた検査で、陽性の場合は同様に内視鏡を使った検査が推奨されています。
※罹患数は2019年、死亡数は2021年、ともに国立研究開発法人国立がん研究センターより引用した順位。
※13CO2:可視化したい化合物に含まれる特定の元素について放射性同位体に置き換えることを標識化という。この場合は炭素Cを放射性同位体13Cに置き換えることで、呼気中の二酸化炭素CO2と標識化されたピロリ菌由来の13CO2を区別できるようになる。
治療(除菌)方法と注意点
ピロリ菌の感染が陽性だった場合、薬を飲むことで除菌(菌を取り除くこと)に成功すれば「胃がん」の発症リスクが低くなるということが分かっています。しかも、胃粘膜の萎縮が進まないうちに除菌すれば、その予防効果も高いということが研究で明らかになりました。
除菌の治療では、1週間かけて抗生物質2種類と胃酸の分泌を抑える薬1種類を飲むことで約8割の人が成功すると言われています。万が一、失敗した場合にも「二次除菌」「三次除菌」といった薬の内容を変えて行う手段があるため、諦めずに医師と取り組みましょう。
また、その人の薬に対する副作用歴や合併症によって薬の選択が変わることもあります。ここで、もともと病気の治療のために酸の分泌を抑える薬を飲んでいる人は、2週間ほど休薬する必要があることに注意してください。加えて、一見すると関係のないような睡眠導入剤や頭痛薬、心不全の薬などで併用の難しい薬も一部あるため、使っている薬はもれなく医師に伝えることが大切です。
よくある副作用としては、抗生物質を2種類以上あわせて飲むことで下痢や軟便が起こりやすくなります。ひどくなければ飲み続けることが推奨されますが、仕事や大切な用事などを優先したいときには前もって相談するとよいでしょう。
検査を受けた方がいいのはどんなひと?
ピロリ菌は何かしら症状が出てから除菌するよりも、早い段階で感染に気付いて除菌を行うことが重要です。特にいま20代半ば~30代に該当する人は学校での検査を受けていない人がほとんどで、40歳未満では「胃がん」を含めたがん検診も受ける機会も多くありません。このような世代では、積極的に検査を受けてみるのもよいでしょう。
また、近年では病院を受診した人の5割前後も占めるという機能性ディスペプシア(FD)※も、ピロリ菌を除菌すれば症状が軽くなることもあると言われています。ただし、内視鏡によって「胃がん」でないことの確認が必要です。
胃の不快感など症状のある人はもちろん、ピロリ菌の検査を受けたことのない人も健康的な胃を保っていくために、内視鏡を持つ専門の医療機関で相談してみてはいかがでしょうか?
※機能性ディスペプシア(FD、Functional Dyspepsia):症状の原因となる明らかな異常がないのに、慢性的にみぞおちの痛みや胃もたれなどのディスペプシア症状と呼ばれるさまざまな不調を呈する病気。